Healing Salon Amenohoshifuneのブログ

ヒプノセラピストが日々思うこと、感じることをつづっています。

花を友に 花とともに

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こんにちは。

ブログを訪問くださり、ありがとうございます。

 

 


東京の空に微かに桜が舞っています。

光とともに昇華していくような

すぎてゆく春へ

なんとも言えない思いがこみ上げてくるかのようです。

 

散りゆく花を眺めていると

ひとつの歌が心に響いてきます。

 

 

ねがわくは花のしたにて春死なむ そのきさらぎの望月の頃

 

 

命果てるとき、桜とともにありたいものだ 如月の美しい満月の夜に

 

 

歌の作者は西行

自らの身分を捨て、出家という形で世を見つめ、

自分を見つめた人です。

 

西行は平安後期に北面の武士として鳥羽院に仕えていました。

妻子あった身に突然の出家は親友の急死にあるといわれていますが、

元よりこの世を厭う隠者の精神を持っていたのだろうと思います。

 

そんな西行は、桜の花を、

ことに奈良県の吉野の桜を愛した歌人の一人です。

毎年の吉野の山々に咲く花を誰よりも心待ちにしていました。

心待ちにしていたというよりも、

それは心を慰めてくれるという表現の方が合っているのかもしれません。

 

武士の栄華を捨ててまでも

孤高に身を置くことを選択した西行

 

都を出て山河へとわけ入り、

雨風に晒されたその心は、何を映していたのだろうか。


花を見ては

月を見ては

その姿にどのように自分を重ねていたのだろうか。

世界にいかにして自らを投じようとしたのだろうか・・・

 

西行の残した歌には

ただひとり歩むことを行ったからこそ掴むことのできた感覚が表されています。

 

当時、歌を詠むことを仕事とする藤原俊成や定家といった宮廷歌人たちはいました。

でも西行は都を後にします。

なぜでしょう。


自然を操作した空間である宮廷という場所からは到底到達しえない何かを求めたのではないかと思います。

自然の中に身を委ねることによって、見えてくる異なる世界を見ようとしたのです。

自然とつながって、世界を、自分を捉えようとしたのです。

それは仏教観からでも、私たち日本人に古来より備わる自然観であってもどちらでも良いです。

大切なのは物事を観る視点を、意識を、別なところから捉えるということではないかと思うのです。

そしてそういった視点で世界をみつめたとき、

西行のように美しい歌(詩)が自分の内側から自ずと生まれてくるのではないだろうかと思います。

その歌は、ときに折れそうになる心を支え、

そして行く道を照らしてくれる光になったのではないだろうかと・・・

 

 

花を友として

花を愛でたその最期は、

歌人の願ったその頃に

花とともに静かに逝きます。

 

その心持ちは

「虚空の如くなる心」であったかもしれません。

 

 

この世における無常という美しいルール。

だからこそ咲く花の姿は愛おしく、

また散りゆく様も惜しくなるものでしょう。

儚くも永遠に留めておくことができないからこそ、

この世はとても趣き深いものなのだと。

 

桜の季節に語りかけてくる声がどこからか聴こえてきます。

 

この美しい世界を

自らの心に沿い、

花とともに自分を生きよ、と。

 

 


テラに愛をこめて

 

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